ベトナム・ラオスの旅余談(1)
2009-10-20
9月末にベトナム・ラオスに旅した折、ラオスの古都・ルアンパバーンにいたときのお話。
ラオスの現在の首都は南部のビエンチャンですが、
元王都があったのが北部のルアンパバーン。
世界遺産に指定されているその町並みを一望にすることができる、
「プーシーの丘」というのがあります。
ツアー中、その丘に行くという日程がありましたが、
石段を350段ほど登らねばなりません。
私はそれまでのメコン川の船行きで疲れてしまい、
妻だけ登ってもらって、私は下で待っていました(笑)
もうひとり、登らなかった女性と2人でベンチに座って待っていたときのこと。
ちょっと離れたところで、女の子が、
土産物をお盆のようなものに並べています。
「こっちに来るつもりやな」
と思ったが案の定、やってきました。
旅に出る前から、私は、ストリートで物は買わないと決めていました。
妻は「そんなこと言っても、いっぱい売りにきはるそうですよ」と言い条、
私は、買わないと決めたら、買わない。キリがない。
実際、ラオスでも「お土産」を買ってくれというのは、
何度もありました。多くは子どもたちが持ってきますが、
みんな、目の届くところに母親やおばあさんがいてのこと。
ベトナムの空港では男性から声をかけられましたが、
ベトナム語なんで、こっちはチンプンカンプン(笑)
ところが、旅の間で、ルアンパバーンの丘のふもとで出合った、
この女の子だけは、気合がちょっと違いました。
まずは威儀を正して私たちの前にたたずみ、
「Can you speak english?」
私はブルースで英語の歌を怪しい発音で歌ってますが、
英会話はできませんし、身につけるのも面倒なのですが、
「… just a little」
と返答。
その女の子は「わかった」とうなづいて、
女の子「Where are you from?」
私「Japan」
女の子「Oh,I know Japan!」
といって、やがて商品の説明を始めましたが、
そのあたりから、私は、やりとりができません。
女の子が持っている品物は、私には不要なもので、
いろいろ言われても、結局、私は、
「I'm sorry」
を繰り返していました。
と、その女の子は、
「You buy, I go !!」
とキッパリ言いました。つまり、
「あんたが買うまで、うちは動かへん!」
というわけで。
女の子は10歳くらいでしょうか。
その姿は、まるで不動明王のように見えました。
と、丘に登っていた妻が下りてきました。
妻は、多少は英会話ができるので、
私は引き下がりました。
手作りのブレスレットを1つ2ドルだと女の子が言うので、
「それは高い。2つで3ドルなら買うが、どうか」と妻。
それで商談成立。
妻も、ベトナム・ラオスでストリートでモノを買ったのは、このときだけ。

当日は夫婦ともきもの姿でしたが、その女の子、
最後まで「役者が一枚上」だったのは、別れ際に、
妻に言った台詞。
「その帯、なかなか素敵でっせ」(と、英語で)
生活を背負っていた、その女の子。
12歳で家を飛び出て、はもにか1本でく放浪して大人になった、
リトル・ウォルターのことを私は思い出していました。
元王都があったのが北部のルアンパバーン。
世界遺産に指定されているその町並みを一望にすることができる、
「プーシーの丘」というのがあります。
ツアー中、その丘に行くという日程がありましたが、
石段を350段ほど登らねばなりません。
私はそれまでのメコン川の船行きで疲れてしまい、
妻だけ登ってもらって、私は下で待っていました(笑)
もうひとり、登らなかった女性と2人でベンチに座って待っていたときのこと。
ちょっと離れたところで、女の子が、
土産物をお盆のようなものに並べています。
「こっちに来るつもりやな」
と思ったが案の定、やってきました。
旅に出る前から、私は、ストリートで物は買わないと決めていました。
妻は「そんなこと言っても、いっぱい売りにきはるそうですよ」と言い条、
私は、買わないと決めたら、買わない。キリがない。
実際、ラオスでも「お土産」を買ってくれというのは、
何度もありました。多くは子どもたちが持ってきますが、
みんな、目の届くところに母親やおばあさんがいてのこと。
ベトナムの空港では男性から声をかけられましたが、
ベトナム語なんで、こっちはチンプンカンプン(笑)
ところが、旅の間で、ルアンパバーンの丘のふもとで出合った、
この女の子だけは、気合がちょっと違いました。
まずは威儀を正して私たちの前にたたずみ、
「Can you speak english?」
私はブルースで英語の歌を怪しい発音で歌ってますが、
英会話はできませんし、身につけるのも面倒なのですが、
「… just a little」
と返答。
その女の子は「わかった」とうなづいて、
女の子「Where are you from?」
私「Japan」
女の子「Oh,I know Japan!」
といって、やがて商品の説明を始めましたが、
そのあたりから、私は、やりとりができません。
女の子が持っている品物は、私には不要なもので、
いろいろ言われても、結局、私は、
「I'm sorry」
を繰り返していました。
と、その女の子は、
「You buy, I go !!」
とキッパリ言いました。つまり、
「あんたが買うまで、うちは動かへん!」
というわけで。
女の子は10歳くらいでしょうか。
その姿は、まるで不動明王のように見えました。
と、丘に登っていた妻が下りてきました。
妻は、多少は英会話ができるので、
私は引き下がりました。
手作りのブレスレットを1つ2ドルだと女の子が言うので、
「それは高い。2つで3ドルなら買うが、どうか」と妻。
それで商談成立。
妻も、ベトナム・ラオスでストリートでモノを買ったのは、このときだけ。

当日は夫婦ともきもの姿でしたが、その女の子、
最後まで「役者が一枚上」だったのは、別れ際に、
妻に言った台詞。
「その帯、なかなか素敵でっせ」(と、英語で)
生活を背負っていた、その女の子。
12歳で家を飛び出て、はもにか1本でく放浪して大人になった、
リトル・ウォルターのことを私は思い出していました。
