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ラッキー植松「なにわ銭湯 いろはカルタ 原画展」

 2016-09-14
仕事でお世話になっている、まんが家のラッキー植松さんが、
大阪市北区は府立中之島図書館で、

「なにわ銭湯 いろはカルタ 原画展」

を開いてはります。

ラッキー植松さんは銭湯大好き人間で、
有志のグループ「銭湯文化サポーター’s」の代表でもあり、

単著『なにわ銭湯いろはカルタ読本』(福祉のひろば 2016年)

も上梓されています。

IMG_0528.jpg


私は生まれ育った京都・西陣の実家には内風呂がありましたが、
小学生のころは、よく、近所の銭湯(2軒あった)のお世話にもなっていました。

私の実家界隈、下水道工事が完了したが、私が小学2~3年生のころ。
(それまではトイレは、いわゆる「汲み取り式」でした)

下水工事の間は内風呂が使えないので、銭湯に通いましたし、
それ以後も、たまには親に連れられて銭湯へ。
他にも、正月二日の「初風呂」とかにも行きました。

銭湯の脱衣所で少なくない人たちが「ラムネ」や「コーヒー牛乳」なんかを、
湯上りに飲んではりました。たいへん、おいしそうに。

しかしうちの親は「始末の極意」といいましょうか、
銭湯の湯上りにそうした飲料は絶対に与えてくれませんでした。

で、月日は流れて、私は大学を出て大阪で勤め始めたころ。

当時住んでいたアパート(六畳と四畳半の2間)は風呂なし、トイレ共同で家賃は月1万5千円
風呂は近所の銭湯でした。

独り暮らしを始めて、銭湯に行って、真っ先に実行したのが、

「湯上りにラムネを飲む」

でありました(笑

職場の近くの銭湯にも、夜勤のときなど、お世話になりました。
大相撲の春場所のときは、近くに部屋を構えた関取さんたちも来る銭湯でした。

残念ながら、その銭湯も廃業。

いまでも、仕事で大阪府内あちこち回って、時間のあるときは、
ふと、その土地の銭湯に入ったりします。

住み暮らす街の銭湯も数年前に、なくなってしまいました。

まだあった頃は、着流しで出掛けまして、
脱衣場で、くるくるっと脱いで、越中一丁に。

すると、隣り合わせたおじいさんが、

「おっ!(ふんどしか!)」

てなリアクション、だったのも愉しい思い出。

今回の展示会、私は開催初日にお邪魔しました。

IMG_0248.jpg

IMG_0241.jpg

IMG_0238.jpg


ラッキー植松さんは会場内のパネルに、

「身分も肩書きも関係なく、
 誰も彼もが裸で集う“銭湯”は素晴らしい日本の文化です。
 その銭湯は残念ながら急速に減少しています。
 銭湯の楽しさ、素晴らしさを伝えたくて
 銭湯での出来事をまんが『銭湯いろはカルタ』にしました」

とメッセージを掲げてはります。

館内のミュージアムショップでは「銭湯いろはカルタ」の絵葉書も販売。

私は、「ケロリン」のを求めました。

IMG_0527.jpg


当初の会期は9月15日(木)までだったのですが、
好評につき会期延長、9月21日(水)まで展示。

■「なにわ銭湯 いろはカルタ 原画展」

~9月21日(水)まで

府立中之島図書館 本館2階 多目的スペース1
大阪市北区中之島1-2-10
http://www.library.pref.osaka.jp/site/nakato/

平日:午前 9:00 ~ 午後 8:00
土曜日:午前 9:00 ~ 午後 5:00
日曜・祝日はお休み



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プロフィール

こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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