特別区設置住民投票が終わって

 2015-05-22
大阪市を廃止し、特別区を設置することの賛否を問う、
大阪市の有権者による住民投票(5月17日)が終わりました。

結果はご承知のとおりです。

5月17日午前、鶴見区内の投票所

DSC_7511.jpg


私は大阪市民ではありませんが、特別区設置には「反対」でしたが、
かといって、「反対が勝った」というのは私の実感ではありません。
大阪市が存続して「ホッとしている」、というのが正直なところです。

そもそも政令指定都市を廃止するかどうかという重大な案件、
しかもいったんは市議会が否決して事実上廃案になったにもかかわらず、
中央の政局がらみの闇取引で、ほぼ同じものを復活させ、
最低投票率の定めもないが、法的拘束力のある住民投票にかける。
賛成か・反対かで市民を対立させる最悪の事態だと考えていました。

しかし現実に住民投票が執行される以上、
市民が判断を迫られる「特別区設置協定書」について、
その内容や議論の経過をいささかでも知っている者の一人として、
情報を提供し続けることは、自分の責任だと思ってきました。
本業はもちろんのこと、最終盤はこのブログでも、
もとより大した影響力はありませんが、書いてきました。

橋下氏は開票結果を受けた記者会見で「敗因」を問われ、
「都構想について説明しきれていなかった僕自身の力不足」
と述べました。

「説明」が「不足」していたのでしょうか?

橋下氏や維新の会のメッセージは、
「大阪を変えるワンチャンス」「ラストチャンス」
「橋下徹はキライでもいい。でも、大阪を前に進めてほしい」
などの繰り返しで、いわゆる「大阪都」構想の「説明」すらありませんでした。

「特別区設置協定書」の内容に基づいて最後まで説明していたのは、
その意味で「特別区設置協定書」を大切に扱ったのは、むしろ、
有名無名を問わず、「反対」派だったのではないでしょうか。

橋下氏は記者会見で、

「僕が提案した大阪都構想、市民の皆さんに受け入れられなくて、
 やっぱり間違っていたということになるんでしょうね」
「負けは負けです」

と語りました。
大阪維新の会代表としての会見ですから、
あれほど「大阪都」構想を訴えてきた最高責任者としては、
応援してくれた人々に「実現できなくてスビバセン」くらい、
言ってもいいのではないかとも思いましたが、
橋下にとっては結局、「勝ち負け」の一つにすぎなかったのか。

私が「反対が勝った」が自分の実感ではないというのは、
「賛成」票と「反対」票が僅差だったからではありません。
今回の住民投票では「棄権」が約33%でした。
最後まで悩んだ末、投票しなかったという人もいるでしょう。
有権者全体では「賛成」「反対」「棄権」はほぼ同率です。
「賛成」に投じた人も、「反対」に投じた人も、「棄権」した人も、
みんな同じ大阪市民です。

存続が決まった大阪市で、
大阪市民みんながどうすれば機嫌よく暮らせるようなるか、
そのことのが問われていると思います。

「大阪都」構想に反対する人々に
「対案を出せ」というのが、橋下氏の「キメ台詞」でした。
しかし、何か一つ、「これをやれば万事うまくいく」、
そんな「構想」は、果たしてあるのでしょうか。

私が大阪市民だったころ、長女が1992年、
次女が1995年に生まれました。
橋下氏が「無駄遣いの象徴」として宣伝した、
WTCビル(住之江区)の建設をはじめ、
大阪市が巨大開発に突き進んでいた時代です。

夫婦共稼ぎで、長女のときも、次女のときも、
子どもたちの母親は、産休明けから働きはじめましたが、
大阪市立保育所には0歳児保育はあるものの、
産休明け保育はありませんでした(いまもない)。

公立保育所に入れるまで、無認可の共同保育所にお世話になりました。
民家などを利用して、保育士さんに来てもらって父母が共同運営する施設で、
大阪市の補助金は家賃にもならず、月6万円の保育料を出しあい、
さらに物品販売やバザー、OBの皆さんからのカンパで、
施設を支えました。

小学校に上がっても、学童保育は学校の中になく、共同運営でした。
ここでも大阪市の補助金は少なく、指導員の先生の献身と、
父母の力で子どもたちの放課後の居場所を守りました。

保育所時代も、学童保育の時代も、大阪市内の父母や指導員さんと一緒に、
署名を集め、大阪市とも交渉し、補助金の増額など改善を求めましたが、
「財源がない」などの一点張り。

ウソやろ、高層ビルを借金で建てるカネはあるやないか。
大阪市はなんと冷たいんやと怒りながら、それでも、
子どもたちが元気に育っていくことを励みにしてきました。
私が大阪市で働くようになったころ、「公金詐取事件」が起こり、
その後も、「職員厚遇」などの実態が明るみに出てきました。
やはり怒り、不正や腐敗はただすべしと思ってきました。

しかしだからといって、
大阪市に住み暮らし、子育てをする者として、
「こんな大阪市なんか、つぶしてしまえ」とは思いませんでした。
大阪市が本来もっている政令指定都市の力を、
ちゃんと市民のために使え、それが筋や
 ――その思いは元市民となったいまも、ずっと変わりません。


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こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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