いつから着るようになったのですか?~男の普段きもの100問100答(5)

 2012-07-04
問(5)いつから着るようになったのですか?

答(5)小さいときから着る機会はありました。

 きものをせっせと着るようになったのは、2007年の秋からです。といっても、ある日突然、ゼロからスタートしたわけではなく、小さいときから、きものを着たり、触れる機会がありました。

 私が生まれたのは京都・西陣で、実家では絹織物を織ってきました。第2次大戦前は独立の機業店だったそうですが、戦後は織元から糸を受け取って反物に織り上げる「賃機(ちんばた)」で、私が小学生のころまでは力織機が4台あり、祖父が主力で働いていました。実家の斜め前は染工場で、町内ではほとんどの家が、何らかの形で織物に関わる仕事をしていました。

 「西陣の生まれだから、きものを着るんですね」と言われることもありますが、これはある意味誤解。織物業の関係者は自分が着るためにその仕事をしているのではありません。私は高度経済成長期に生まれ育ちましたが、祖母は真夏以外は普段からきもので、出掛けるときには「しゅっ」としたものに着替えていました。祖父は仕事を終えて寛ぐときはきものか浴衣。私自身は、日常生活で普通に「きものを着る」人が身近にいるのが当たり前という、最後の世代かも知れません。

 私は、子どものころはお正月にウールのお対を着せてもらったり、夏の地蔵盆では浴衣も着ました。中学では袴に憧れ、「どうすれば袴をつけられるか」と考えた末に、クラス演劇の台本を自分で書いて、自分には袴姿の役を振ったこともあります。

 成人の祝いに、親が「きものがいいか、お金がいいか」と聞いたところ、私は「きものにしてください」と言ったそうです(自分では覚えていない)。つくってもらったのが大島のお対。それをお正月に着たり、京都市交響楽団の「きもの姿でコンサート」(無料)にも行きました。もちろん、着付けは自分で。大島のほか、ウールのお対、浴衣も何枚かありましたので、何かのときには着てきました。

 学生時代に教育実習で出身高校に行ったとき、担当学年が南座で歌舞伎鑑賞でした(私の高校時代にもありました)。その事前学習をホームルームでやることになり、私はきものを着て、歌舞伎の約束事などを説明しました。

 いまの「きもの暮らし」の直接のきっかけは、奥様がせっせと着るようになったので、「ほな、自分も着よか」と思い立ったことでした。奥様や実家の母親は、ひところ、「あなたが、こんなにきものを着るようになるとは思わなかった」と言っていましたが、私なりの「きもの自分史」はあるのでした。


4歳のころ、北野天満宮前の私


北野天満宮前

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【2012/07/05 05:07】
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プロフィール

こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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