連続テレビ小説「おひさま」

 2011-04-06
NHK朝の連続テレビ小説、長らく無縁の生活ではありましたが、
以前の「純情きらり」あたりから、
毎朝、ちょうど朝食の時間帯でもあり、
ずっと見るようになっています。


「てっぱん」は、食ること・料理が重要な役割を演じていて、欠かさず見たものです。


新たに始まった「おひさま」。


戦前の「きもの暮らし」が再現されていることもあり、
その点、ドラマの筋とは別に、楽しみに見ています。

初回、若尾文子のきもの、よかったですねえ(紬でしょうか)。


時代考証というのが前提ですが、
諏訪の子どもたち、ほとんどが絣で、
きょう放送の運動会などは、子どもも先生も、親も、多数がきものなのは圧巻。

大河ドラマの豪華絢爛なのもよろしいけれど、
当たり前の人々の暮らしの中の「きもの」、その歴史と時間を考えます。


いま、この現代に「きもの」という言葉で想起される「きもの」が、
決して「きもの」のすべてではなく、
都市から移り住んだ人たちの普段着も、
労働着(野良着)も、女性教師の袴も、それもすべては「きもの」。


先年求めて読んだ、小泉和子『昭和のキモノ』(河出書房新社)を、
改めて読んでいます。


昭和のキモノ



このあたりのことは、また当ブログでも追々。


コメント
>momokoさん

一種の「神話」でしょうね。
少なくとも科学ではありません。

・・・・・

なるほど、花織。

樋口可南子さんが登場してきたので、
着姿も含めて楽しみにしています。
【2011/04/10 08:04】 | こにし #- | [edit]
追記・ 「おひさま」の若尾文子さんの着物は沖縄の花織です。
【2011/04/09 22:03】 | momoko #- | [edit]
ていねいにコメントしていただきありがとうございます。小泉和子さんのお説は今まで読んだ限りでは、疑問符だらけです。「着物は性的暴行を受けやすい衣服」と決めつけるとすれば、じゃあ、韓国のチマ・チョゴリや、スカーレッット・オハラのドレスも、女性のスカートも、それに、今の若い子たちのタンクトップ、へそ出しなんかも、女性のファッションはすべて、男性が女性を暴力的に支配するためのものか、なんていう見解もなりたつということですよね。
 着物愛好者としては、小泉さんから、「あなたは性的暴行を受け入れる人、男性に抑圧支配されてもいい人」と決めつけられたようでちょっと不愉快です。それに窮屈、非活動的というのは自分で着物を着ない人が言うことで、自分で着物を着る人は窮屈どころか、気持ち良さ、心地よさを感じて着ていると思います。小泉さんは自分で着物が着れない人なのですね。きっと。
こにしさんの言うように、もっと大らかに、自在に「きもの暮らし」ができるよう、応援するような記事にしてほしいですね。掲載紙に投稿しようかしら。
【2011/04/09 22:02】 | momoko #- | [edit]
ブログ記事より長いコメントですが
>momokoさん

 小泉氏の説は、これまでのところ、基本的にブログ本記で紹介しました氏の編著である『昭和のキモノ』で出ているものとそう変わらないなという印象で、私自身は、「ああ、またその話か」てな感じで、先が読めてしまうような予感がします。もちろん、新たな論旨が出れば、学びたいと思いますが…。

 『昭和のキモノ』の「はじめに」で、

 「『着物』という言葉は広い意味の衣服と、いわゆる和服の二つをさすので、本書では後者については『キモノ』とあわわしている」(004ページ)

とあります。

 小泉氏の語法としては、そういうことなのでしょう。ただ、現代日本社会では「着物」という言葉で多くの人々が想起するのは「和服」なのだろうと、私は思います。「着物」とは、論理的には「着る物」のことですが、実生活において、GパンやTシャツ、スーツやドレスのことを、あえて「着物」と呼びはしないでしょう。

 なお、私自身は、当ブログでは一貫して、「和服」を指す言葉としては「きもの」とあらわすようにしています。カタカナを使うと、外来語みたいだし、「歌舞伎」を「カブキ」と表記したりするのと、同じような感じがします。

 「キモノは性的暴行を受けやすい衣服」

といった命題は、きもの好きには、一瞬、「えっ?!」と思ってしまうフレーズですね。

 『昭和のキモノ』の「はじめに」でも、こう規定されています。

 「昭和はキモノが終焉を迎えた時代だったといえる…これはキモノ、とくに女性のキモノが、非活動的・非機能的・非合理的だったからである。胸を締めつける広い帯、内股でしか歩けない裾捌きの悪さ、しかも他人の手ですぐほどける帯、開けられやすい裾、逃げにくい窮屈さなど、衣服としてきわめて無防備である」

 私は『昭和のキモノ』でこのくだりを読んだときに、「それも、そうかな」と感じたものです。しかし、ちょっと考えてみると、「そんな簡単なことかいな?」とも思います。

 小泉氏や 『昭和のキモノ』を離れても、「キモノは性的暴行を受けやすい」「帯や紐で身体を拘束している」「キモノは女性抑圧の象徴である」といった言説は、だいぶ前からあります。「きもの否定論」としては、それこそ「鬼の首を取った」ようなものかも。

  「すぐほどける帯」などは「現象の記述」としてはそうでしょう。それで「衣服として無防備」=「性的暴行を受けやすい」ということだろうと思いますが、これは、概念としては「可能性」ですね。では「防備が完全な」衣服とは何でしょう?。洋服がそうなんでしょうか。

  「活動的」「機能的」「合理的」とは何か。『昭和のキモノ』でも、「機能的な」キモノとして野良着(労働着)にも言及されています。「活動性」「機能性」「合理性」は、農村と漁村でも異なり、農漁村と都市でも異なり、また都市でも下町の長屋のオカミさんと、大金持ちの御令嬢とでも異なり、「きもの一般」としては論じられないでしょう。

  「胸を締めつける太い帯」ということでいえば、『昭和のキモノ』に、「実験 キモノの窮屈さ」というのがあります。2005年の京都女子大学の卒業式に「キモノ」(振袖・訪問着、袴)を着てきた学生333人のアンケート調査をおこない、「被服圧」や振袖の重量(スーツとの比較で4倍)などを「データ化」した上で、「女子のキモノは身体に負担を強いている…まだ活動性、機能性などの問題が残るが、いずれにしても現在の『キモノ』は、きわめて窮屈な衣服であるといえよう」(131ページ)と結論を引き出してあります。

 これを読んで、私はむしろ、着付師がいかにスカタンかということ証明だと思ったりしますが…(きものに慣れていない本人の問題もありますが、それはあえて問わない)、ここで「現在の『キモノ』」という場合、正装・盛装、あるいは「高級呉服」など、「儀礼のなかにのみ残り、それが逆に硬直したキモノの形を残すことになってしまった」(053ページ)という、その「硬直したキモノ」の裏返しそのものだと考えます。

 私は「終焉をむかえた」とされる「キモノ」の「研究者」では、もとよりありません。ただただ、幸せになるためにきものを着ています。

 今日、そしてこれから、現にきものを「着たい」「着続けたい」と願う人々が、もっと大らかに、自在に「きもの暮らし」ができるよう、応援するような、何よりも、自ら「着る人」である研究や研究者、書き手が出てきてほしいなと思います。

【2011/04/08 21:47】 | こにし #- | [edit]
 小泉和子さんが「赤旗」に毎週金曜日、「キモノ再考」というのを連載されています。着物を歴史的にみるということで、それはそれで勉強になるのですが、疑問1.なぜ「着物」でなく「キモノ」と表記するのでしょうか。 疑問2、 まだ2回目なので、先の展開がわからないのですが、この企画は何をめざしているのでしょうか。など、つらつら思いながら、楽しみ(?)にしてます。今日は、着物好きには非常にショッキングな導入部でした。
【2011/04/08 10:48】 | momoko #- | [edit]












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こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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