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『昭和の京都』

 2010-10-29
きょうは書店で、写真集
『昭和の京都 回想 昭和20~40年代』(写真・浅野喜市 光村推古書院)
を求めました。

昭和の京都


ことし10月5日の初版第一刷ですが、
求めたのは10月10日の「第二刷」。


わが家は、私が西陣、妻が伏見と、
ともに京都の生まれ育ちです。

本書は、私ども夫婦が生まれたころの京都の風景や、
市井での生活、市電、祇園町、祇園祭などの貴重な映像が収められてあります。

もちろん、私には、
生まれたころの京都の風景の記憶はありません。


ただ、私は12月生まれですが、
翌年の祇園祭には、親に抱かれて連れていかれたとか。
当時の祇園祭の様子はかくやと、ある種、不思議な心持です。

生まれたころの記憶はないものの、
昭和でいえば40年代の西陣の地蔵盆の様子は、
私が体験した地蔵盆そのもののであるような。

99ページにある「地蔵盆 西陣」、
西陣の「笹屋町」のカットがありますが、
これは私の実家のある通りの一つ南の通りにある町(ちょう)です。

25ページに「西陣界隈(昭和30年代)」として、
「五辻通の機道具をいろいろ扱う道具屋さん」の写真がありますが、
これは私が小学生のころにも健在で、
下校途中など毎日前を通ったお店です。


さしずめ「ふるさとの原風景」であります。



昭和でいえば30~40年代、ちょうど高度成長に向かう時代、
当時の京都の初詣や毎月25日の北野天満宮などの写真は、
人々の姿は半分くらい、きものです。


ただし、それは女性の話。


男性のきもの姿といえば、祇園さんなど、祭の装束くらいで、
普段の外出に、男性がきものを着ている姿は見られません。

すでにして、そういう時代だったのだと、改めて思います。


私が生まれ育った実家では、2005年に96歳で亡くなった祖父は、
仕事(家での機織り)を終えるときもの姿で、
父親も私が赤ん坊のころの写真では、家できものを着たりしています。

大人の男性が、「くつろぎ着」として、
せめて家の中では当たり前にきものを着ていた、
最後の時代かも知れません。

コメント
>梶山さん

おいでやす~!!

いちばん確かなのは、場が和であれ洋であれ、
きものであちこち出没して、

とにかく、

「世の中にきものを着ている人がいる」

ということを知ってもらうことでしょうなあ~


【2010/10/30 16:20】 | こにし #- | [edit]
着物を当たり前に復活させましょ!!
【2010/10/29 23:20】 | 梶山洋一 #- | [edit]












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プロフィール

こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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