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「よし、これもブルースのためや」~妹尾さん没後1年 妹尾さんのことば#27

 2018-12-17
(長らく更新をサボっていました)

「日本におけるブルースハーモニカの第一人者」と、
自他ともに認める妹尾隆一郎さんが、
昨年12月17日にお亡くなりになって、
きょうで、ちょうど1年になります。

それから、はもにかを手にするたびに、
妹尾さんのことを考える日々でした。

私が直接妹尾さんに教えていだたいたのは、
1997年~98年ですから、かれこれ20年前。

谷町六丁目の「妹尾隆一郎大阪ハープ教室」で、
私が世話人をさしていただいたのも、十数年前の話。

妹尾から私が教わったことは、何だったのか。

個々の演奏技術でしょうか?

その点では、のちに自分で練習したり、工夫したこともあり、
どこからどこまでが習ったことなのか、
もはや区別がつかなくなっています。

最近思い出したのは、妹尾さんが時折つぶやいていた、

「よし、これもブルースのため、
  ハーモニカのためや」


という言葉です。

「大阪ハープ塾」の講師に、という相談をしたときも、
そう言うてはりました。

教室の運営その他で、新しいことをするときや、
ちょっと無理な日程になったりしたときも、

「よし、これもブルースのためや」

と自分に言い聞かせるように…

そのつぶやきは、妹尾さんの声とともに、
いまも思い出すことができます。

私が習っていたころ、妹尾さんは、

「ブルースの種まき」

ということで、全国各地を回ってはりました。

個々のあれこれを超えて、
「ブルースのために」という次元で活動してはった、
妹尾さんと同じ時間を過ごせたことは、宝物だし、
「ブルースの種」を、私たち生徒も妹尾さんから、
いただいたと思っています。

妹尾さん、ありがとうございました。

当時の生徒で今もはもにかを続けている人、
事情で遠ざかっている人、さまざまでしょう。

かくいう私は、仕事の忙しさもあって、
以前ほどライブすることも叶わなくなっています。
その点では、あまり「ぱっとしない」卒業生です。

そんな私ではありますが、人様の前で演奏するときには、

「ブルースってかっこええ。おもろいな。楽しいな」
「ハーモニカって、ええなあ」

と思っていただけるように、精進したいと思います。

写真は2009年6月、大阪にて、
ライブ演奏中の妹尾さん。

妹尾さん2


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「ブルースをナメるな!」~山中湖畔合宿の段③その2 妹尾さんのことば#26

 2018-07-09
#25の記事で書いた、東京の生徒さんの演奏、
DeFord Baileyの「Davidson County Blues」、
私は「うわぁ、完コピや。すごいなあ」
と思ったのですが、妹尾さんのコメントは、

「ブルースをナメるな!」


妹尾「この曲は何や?」

と聞かれて、シドロモドロの生徒たちを尻目に、妹尾さんは、

「これは、ヒバリ(鳥)が鳴いているところや!」


言われてみれば・・・

東京の生徒さんに続いて、合宿の夜の最後(未明)に、
私は自分が録音した「妹尾版Juke」を聞いてもらいました。

妹尾さん曰く、

「お前な、コンテストの審査委員になったつもりで、
 この演奏のどこかええところか、言うてみ」



と、私は何も言えませんでした。

そして妹尾さんは、#24で書いた、

「ここはお前らみたいなもんが来るところと違う。ただ・・・」

という話をしはったのでした。


実は「Davidson County Blues」を吹いた東京の生徒さんも、私も、
同じことを言われていたんやな、
ということに気付いたのは、この連載を書いている中ででした。
(言われてから20年近く経って・・・)

妹尾さんは雑誌「ニュー・ルーディーズ・クラブ」(1994年)の、
「ボブ・ディラン」特集のインタビューで、
こんなことを喋ってはります。

「テクニック的に解明していくと、
 さほどブルースって難しいことはない。
 でも、テクニックがあってもブルースは出来ひんねん。
 もっと違うものを掴み取らんとブルースは出来ん。
 それは音楽の表面上に現れてこない、
 奥底に隠れたもんやから。
 だから逆に難しい」


私はここしばらく、ライブ活動を基本的に休んでいます。
ひところ、ほんまに苦痛ですらあったのです。

「好きでやってるはずのことで、何でしんどいねん」

と思って、休んでいます。

なんで「しんどい」のか。

それは、楽器が演奏できて嬉しい、
というのとは違う、

「もっと違うものを掴み取る」

ということが、いつの間にか、
おろそかになっていたのだろうと、
これを書いていて、思うのです。


写真は2007年4月発表の
「Weeping Harp Senoh Harp Solo WagamamaCD」

IMG_2945.jpg




「ブルースをナメるな!」~山中湖畔合宿の段③その1 妹尾さんのことば#25

 2018-07-04
合宿の夜も更けて、すでに日付が変わっていました。
スタジオにいたのは妹尾さん、東京の生徒さん2人と、
あと京都ジムOBの私、それに録音エンジニアの男性。

そのうち東京の生徒さんの男性が、
教室の課題曲(妹尾版Juke)でなしに、
自分で選んだ曲を録音したものを聞いてほしいと申し出て、

妹尾「よし、わかった。聞いてやる」

曲は、DeFord Baileyの「Davidson County Blues」。
YazooのCD「Harmonica Blues」の最後に入っている、
一人吹きの演奏です。

IMG_2912.jpg



私は再生された演奏を聞いて、
「ようこんな、難しい曲、ここまで吹けるんやなあ」
と感心してました。

再生終了。ややあって、

妹尾「この曲は、どういう曲や?」

男性「…デフォード・ベイリーの、1920年代の曲で、

妹尾「何?」

男性「あ・・・あの・・・もとはブギウギ・ピアノの」

と、妹尾さんは、

「ブルースをナメるな!!」

大音声とともに、手にしていたライターを投げつけました。

私は京都ジム時代に、要求されたことができずに、
「なんべん言うたらわかるんや」と怒られたことはありましたが、
このときのように、全身全霊で怒りを表す妹尾さんを見たのは、
初めてのことでした。

録音した曲を披露した生徒さんだけでなく、
もう一人の生徒さんも、私も、言葉がありません。

ふとエンジニアさんを見ると、
この一部始終をニコニコと見守ってはったのが、
印象的でした。

(③その2へつづく)


「ここは、お前らみたいなもんが来るところと違う。ただ…」~山中湖畔合宿の段② 妹尾さんのことば#24

 2018-07-02
前回の#23から半月以上、間があいてしまいましたが、連載再開です。

山中湖畔のスタジオ村で合宿したお話の続き。

明け方に赤富士を拝んでから、朦朧としながら、
森に囲まれたスタジオ村に到着。生徒一堂、まず男女に分かれて、
それぞれのロッジへ。で、まず眠りました(笑。

起き出して風呂に入り、湯上りに屋外でとりあえずビア。
森の中を風が吹き抜けて、頭の中にあるアレコレのことを、
どこかへ流していってしまいます。

ここはサウンドビレッジという宿泊施設付きのスタジオ村
http://www.soundvillage.co.jp/


このときの合宿は、妹尾さんの東京教室の生徒さんがメーンで、
まずは東京の生徒さんが順次スタジオに入り、
「妹尾版JUKE」を録音して、妹尾さんの指導を受けていきます。

京都ジムOBの私は「ついで」に「おじゃま」したようなことなので、
昼間、皆さんの合間に録音して、あとで妹尾さんに聞いてもらうことにして、
皆さんの様子を見学したあと、夜はみんなでバーベキューでした。

妹尾さんは言いました。

「ここはな、お前らみたいなもんが来るところと違う。
 ミュージシャンを志した連中が、下積みで苦労しぬいて、
 世間にも認められるようになって、
 やっとの思いでデビューアルバムをつくるとか、
 そいういうところや。
 ただ、それでも、お前らにとって体験の一つやから、
 こうして連れてきたんや」

と。

このとき参加していた生徒(私も含めて)、
趣味・道楽で、ぼちぼちはもにかと関わっている程度です。

もちろん、既定のお金を支払えば、この施設は利用できるかもしれません。
「お金さえ出せば」というのは、他のことにも当てはまる(ように見える)でしょう。

でも、世の中、それでいいのか?

(このあたりのことは、連載の別の機会でまた書きます)

妹尾さんが、上に記した言葉、
合宿のどんな場面で言ったのか、
というのが、次回のお話です。

(つづく)

IMG_2911.jpg




「見よ、あれが赤富士や」~山中湖畔合宿の段① 妹尾さんのことば#23

 2018-06-12
「妹尾さんは富士山マニアだった」というお話。

2000年の夏だったと思います、東京教室の合宿に参加したときのこと。
前年にも八ヶ岳のふもとであった東京教室の合宿に合流しましたが、
このときは京都ジムOBからは私だけでした。

新幹線で東京へ出て、渋谷・道玄坂のヤマハで、東京教室を見学。
そのあとみんなで中野のライブハウス「Bright Brown」で、
「Blues File No.1」のライブを見てから、日付が変わるころ、
東京の生徒さんが運転してくれる車数台に分乗して、
山中湖畔のスタジオ村に向かいました。

運転する人は大変、生徒も眠れたり眠れなかったりで朦朧。

夜が明けようとする頃だったでしょうか。
各車に妹尾さんから携帯電話で連絡が入り、

「車は全部止めろ!」

何事かと下車した生徒一同に、妹尾さん、

「これから、ここで富士山を見る」

と、目の前に夏の富士の山影、
妹尾さんを先頭に、道にたたずむ生徒一同。

夜が明けるにしたがって、なんと、
富士山が赤く燃えるように輝き始めたのです。

「見よ、あれが赤富士や」

私は、

「おお、北斎や!」

と思わず、富士山を拝んでしまいました。

赤富士


やがて日が昇ってしまうと、その燃える赤は消えてしまいます。

妹尾「よし、行くぞ」

同じ夏場でも、天候や気象条件によって、
必ずしも赤富士を拝めるわけではありません。

このときは、本当にラッキーでした。

と、いう話を合宿で東京の生徒さんにも話すと、
ある生徒さんいわく、

「前に妹尾さんを自分の車に乗せたら、
 『いまから富士山に行け』と言われて・・・
 道は混むし、俺は早く東京に帰りたいのに・・・
 あのときは妹尾さんを殴ろうかと思った」

とのこと。

その生徒さんはお気の毒でしたが、
はもにか、ブルースに限らず、妹尾さんは、
入れ込んだものには、「ハンパ」ではない人でした。

(山中湖畔合宿の段 つづく)

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プロフィール

こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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