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「菅原」を見る~4月文楽公演

 2017-04-13
4月13日、大阪・国立文楽劇場へ、まずは「4月文楽公演」の第1部を見物。

開場前に着いて、劇場窓口で当日券の2等席を求める。

プログラムの表紙は「菅原伝授手習鑑」、寺子屋の松王丸の衣装「雪持ちの松」より

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当月は豊竹英太夫改め六代豊竹呂太夫襲名披露。

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私はようやっと、ちょうど1年前の「4月文楽公演」で文楽デビュー、
以来、文楽に恋こがれて、あっという間に1年が経過。

文楽の襲名披露も初めての体験です。

劇場ロビーの飾り付け。

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文楽の襲名披露口上も初めての体験。

歌舞伎だと、襲名する役者の名前や紋を染め抜いた、
贔屓筋からの引き幕がかかったりしますが、ここは文楽劇場の緞帳。

片砂切で幕が開くのは歌舞伎と同じ。

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口火は咲太夫さん。三味線部を代表して鶴澤清治、
人形部を代表して桐竹勘十郎の両氏が、お祝いの言葉。

で、呂太夫さんご本人はしゃべらず。

なるほど、そういうものか・・・と思う。

第1部のめあては「菅原伝授手習鑑」。

茶筅酒の段、喧嘩の段、訴訟の段、桜丸切腹の段。そして寺入り、寺子屋。

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歌舞伎の寺子屋、松王丸でいえば、
十三代目仁左衛門、当代仁左衛門(孝夫時代含め)、
幸四郎、吉右衛門、十八代目勘三郎などの舞台を繰り返し体験してきましたが、
文楽では初めての体験です。

「茶筅酒」~「桜丸切腹」までは歌舞伎では「賀の祝」と、
ひとくくりになったりしますが、
これも今回初めて文楽で見ました。

歌舞伎だと、つい、桜丸がこの場の主人公のように見えますが、
文楽でみると、

「ああ、この一連の場の主役は、白太夫なんやなあ」

と思ったりする。

「寺入り/寺子屋」は、文楽と歌舞伎の一番の違いは「寺子屋」の最後、
「いろは送り」でしょうか。

歌舞伎では、なんといっても松王と源蔵に目がいきますが、
文楽、ことにその「いろは送り」では松王と千代の「夫婦」が主役。

ドラマが迫ってくるなと思いました。

この4月、「寺子屋」は幕見で、あと何回か見たいものです。


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初春文楽公演「本朝廿四孝」見物記

 2017-02-13
大阪市は中之島の、大阪市役所本庁舎に行くと、
正面玄関から入ったロビーの一角に、文楽人形が展示されています。

本朝廿四孝の八重垣姫。

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この八重垣姫に逢いたさに、1月の話になりますが、
国立文楽劇場「初春文楽公演」の第1部には、結局4回通いました。

本朝廿四孝の十種香の段/奥庭狐火の段は、
これまで歌舞伎の舞台で親しんできましたが、
文楽では今回が初体験で、歌舞伎との違い、
人形浄瑠璃ならではの表現を、4回通うなかで自分なりに味わいました。

■「うろうろ」する勝頼

十種香は、幕が開いて、正面のふすまがあいて、
武田勝頼が颯爽と登場するのは歌舞伎も文楽も同じ。

しかしその後、歌舞伎の勝頼は中央でじっとしてますが、
文楽では上手の八重垣姫や下手の濡衣の様子をうかがうように、うろうろ。

■討手が2人揃って登場

十種香の幕切れ近く。

長尾謙信が勝頼の討手として差し向ける、
白須賀六郎と原小文治は、文楽では2人一緒に登場して、
一緒に駆け出していきます。

歌舞伎ではひとりひとり登場して、いろいろあって、花道を入ります。

歌舞伎の場合は幹部俳優が「ごちそう」に出る場合もあり、
それぞれの見せ場をつくるためにも、別々なのかと思ったりしました。

■人形ならでは・・・と涙

1月4日に最初に「狐火の段」を見て、
霊力を得て八重垣姫が宙を舞うところに、
生身の人間が役者として演じるのではない、
人形ならではの表現があるとつくづく感じ、涙が出ました。

■八重垣姫の足拍子

1月の初春公演、結果的に4回も通ったのは、
最初に「狐火の段」を見て、

「もっと見たい」

と思ったのが直接のキッカケですが、2回目に下手の2等席で見ていて、
許婚の勝頼が切腹して果てたと思って絵像に向かい御経読誦の八重垣姫が、
足拍子を鳴らしていることに気づいたのでした。

最初に観たときは、わかりませんでした。

で、2回目に見て、

「あ、ここで足拍子が」

と気づき、どこから鳴らしているのか、字幕で見てチェックしていたところが、
帰宅して床本を見ると、記憶があやしい。
それを確かめようと3回目の見物。

「魂返す反魂香、名画の力もあるならば」

ときて、

「可愛いとたった・・・」

のあたりから、足拍子が入ります。

それも、柔らかく優雅な、しかし切なく・・・・

足拍子というものが文楽の表現で重要な役割を果たしているのは、
初めて生の舞台を見たときから感じていたことです。

が、この場で八重垣姫は座っているわけです。
物理的・身体的な動作に対応して「足音」が入っているわけではありません。

足拍子が表現するのは、八重垣姫に限らず、
登場人物の心の動き、ドラマのそのものなんやないかと思いました。

26日の千秋楽に4回目を見ました。

ちょうどこの日、たまたまご縁あって、
八重垣姫を遣われる桐竹勘十郎さんと出番前にお目にかかることができました。
いろいろ芸談など聞かせていただいて、持参した勘十郎さんの近著

『一日に一字学べば』(コミニケ出版)

にサインしていただきました。

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家宝です。

さらに、勘十郎さんが「めがね拭きです。使ってください」とくださいました。

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もったいなくて、使えません。これも家宝です。


2017年は文楽で明ける

 2017-01-21
諸般の事情により、ブログの更新、コメントへの返信が滞っていましたが、再開。

2017年は文楽で明けました。

1月3日に国立文楽劇場で初日を迎えた「初春文楽公演」。

まずは4日に第1部を見物。

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ロビーの「にらみ鯛」

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めあては顔合わせの「本朝廿四孝」。

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時代物のヒロインで、一番すきなのが、この場の八重垣姫です。

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「十種香」と「狐火」は歌舞伎で何回か見ましたが、文楽では初体験。

ことに「狐火」では人形ならではの舞台で、初見で涙が出ました。

で、1月20日に2回目を見に行きました。

細部にいろいろ発見もあり、それはまた稿を改めます。


「本朝~」2回目見物のついでに、
第2部の「お染久松 染模様妹背門松」の、
「油店の段」のみ、幕見で見物。

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「勧進帳」雑談~歌舞伎と文楽

 2016-11-08
国立文楽劇場「錦秋文楽公演」第2部で、「勧進帳」を観てきました。

私は、「勧進帳」はずっと歌舞伎で親しんできました。
初めて生で歌舞伎を見たのは1982年の京都・南座の顔見世興行で、
九代目を襲名した幸四郎が披露狂言の「勧進帳」で弁慶を務めました。
以来、弁慶でいえば幸四郎、吉衛右門、十二代目団十郎、五代目富十郎、
十五代目仁左衛門(孝夫時代も)、八代目中村芝翫(橋之助時代)、
十一代目海老蔵、二代目辰之助で、「勧進帳」の舞台を見ました。

先年、大阪天満宮の古本市で求めた往年の名優たちのブロマイド。

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文楽では30年くらい前?にテレビのスタジオ中継を見たくらいで、
実演に触れるのは今回が初めて。

「勧進帳」は歴史的には「歌舞伎十八番の内」として先に成立し、
近代(1895年)になって文楽に移されたわけですが、
単に歌舞伎の台本を使って文楽で上演するということではなく、
人形浄瑠璃ならではの舞台・工夫やなあと感じ入ってしまいました。
(昔、テレビで見たときは花道はないし、全体として面白くなかった)

舞台面は歌舞伎の場合はずっと松羽目ですが、
文楽では義経主従が関を越えたあとは大道具が浜に替わります。

芝居の流れや段取りは歌舞伎も文楽も大きくは変わりませんが、
いくつか違いがあります。

勧進帳の読み上げの場面で、富樫が巻物を覗こうとする場面、
歌舞伎では弁慶が「それつらつらおもんみれば」と言ったあとで
富樫に気付いて2人が極まる。
文楽では、「おもんみれば」を過ぎて、
弁慶が本文をしばらく読んでから、富樫が覗こうとする。

歌舞伎では山伏問答のあと、富樫が寄進しますが、
文楽では勧進帳の読み上げが済むと寄進、
その布施物を前に問答が繰り広げられます。
文楽の問答では弁慶が澱みなく答えるたびに、
富樫(咲甫太夫)が「ムムムム…」と悔しがる?のが印象的。

続いて、富樫が強力(義経)を呼び止め、
弁慶が「早く通れ」と金剛杖で打つ。

歌舞伎では富樫・番卒、弁慶・四天王が
上手・下手に分かれてにらみ合い、詰め寄る舞踊な見せ場がありますが、
文楽ではありません。

(一緒に見物したうちの奥様、
 「大ぜいすぎて舞台がごちゃごちゃするからでは?」と説を立ててました

ただ、弁慶が義経を打つとき、
歌舞伎では義経の傘をちょっと撫でる程度ですが、
文楽では、まさに渾身の力を込めて激しく打つ動きがが、すごい。

今回の錦秋公演では弁慶の引っ込みは花道を使い、
人形遣いは3人とも出遣いとなる華やかさ。
歌舞伎では本当に飛び去るような感じですが、
揚幕に入るまで、たっぷり、じっくり飛び六法を見せます。
(花道に近い2等席で見たので、堪能できました)

歌舞伎では花道の七三で弁慶が足を踏み、金剛杖を突くのが柝の頭、
富樫は見送り、幕が引かれます。
文楽では富樫はさっさと上手に消えてしまいます。

一番印象的だったのは、富樫の言動。

歌舞伎では番卒が「強力は義経では」と告げるのを聞いて、
富樫が「いかにそれなる強力、止まれとこそ」と呼び止める。
弁慶が「なんで止めるのか」とただすと、
富樫の説明は

「人に似たると申す者の候ほどに」

つまり、止めた理由は

「強力が義経に似ているという者がいるから」

というもの。

詰め寄りのあと、弁慶が「まだ疑うなら打ち殺す」「なぜ疑った」と迫ると、
富樫は「士卒の者が我への訴え」「番卒どもがよしなき僻目より」と言い訳する。

全部、番卒に責任をかぶせているわけです(笑
こういうのって、汚職が発覚して「秘書がやりました」という代議士みたい。

文楽では、富樫が決然と「強力待て」と呼び止め、
自ら「義経殿に似たるゆゑに止め申す」ときっぱりしています。
さらに通す段になって、疑ったのは「我らの不明」と、
関所側の責任を代表して述べる。

「勧進帳」が名作なのは、
義経一行が関を超えられるかどうかに焦点があるから。
さらに、家来の身でありながら主人を打つ弁慶に免じて、
富樫は「強力=義経」と知った上で、なお関所を通す。
そのことを弁慶も無言のうちに了解している…

「勧進帳」というドラマの核心が、
文楽ならではの形で伝わってくるように感じました。


錦秋文楽公演初日

 2016-10-29
大阪・日本橋は国立文楽劇場で「錦秋文楽公演」初日、第二部を見物。

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昼間は仕事につき、午後4時の開演には間に合わず、
一つ目の「本蔵下屋敷」は捨てて、二つ目の「艶姿女舞衣・酒屋の段」から見る。

「酒屋」はだいぶまえ、当時三代目鴈治郎だったいまの坂田藤十郎丈が、
お園を演じた歌舞伎の舞台を見て以来。

文楽で見ると、「酒屋」は「親(茜屋半兵衛や宗岸、さらにはお通の親である三勝、半七)の芝居」だと実感。

三つ目「勧進帳」は私が学生のころ、テレビ中継(スタジオ収録)で見たことがあり、
そのときは弁慶の飛び六法は舞台の上でしたが、
公演では花道を引っ込む演出。

「勧進帳」は歌舞伎でずっと親しんできて、台詞も長唄の文句もそらんじていますが、
「文楽ならでは」の構成もあり、見応えあり。

そのあたりの詳細、感想は、また追って。

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プロフィール

こにし すすむ

Author:こにし すすむ


京都・西陣生まれ。大阪の「勤め人はもにか吹き」です。

木綿を中心に、普段のきもの暮らしを楽しんでいます。

▼2005
FIH JAPAN第25回コンテストブルース部門1位
▼2006~
デュオ「こにしんぼ」などで神出鬼没。「出前はもにか」などで活動中

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